東京工業大学 物質理工学院 応用化学系(旧・工学部高分子工学科)小西研究室

研究概要

代表的な論文を例に、研究の概要を紹介します。過去3年の成果が入っておりません。今後、作製します。

ピレン無双:高性能な蛍光ソルバトクロミック色素の開発

Chem. Eur. J. 2013 [DOI: 10.1002/chem.201301020]
蛍光ソルバトクロミズム色素の開発では、発光色の大きな変化と高量子収率の両立は難しいとされてきた。実際に蛍光ソルバトクロミズムを用いた極性環境の分析や分子イメージングに利用される代表的な色素であるプロダンがそうであり、さらに安定性(イメージング中に失活、不活性ガス存在下、冷凍庫で保存など)にも問題があった。本研究では、ピレンを発色団に用いることにより、無極性溶媒(ヘキサン)からプロトン性溶媒(メタノール)まで幅広い極性条件下で、発光色を大きく変化させながら高い蛍光量子収率を維持することに成功し、さらに高い光安定性も獲得した。本研究では、巧みな官能基の導入による分子軌道の操作により、この問題を解決している。また、ナフタレンを基盤とするプロダンと本色素の光安定性を比較したところ、同一条件(蛍光顕微鏡のレーザー)でプロダンは2分程度の連続光照射で退色するが、本色素は2時間程度、利用可能であることもわかった。

東工大研究最前線:無極性から極性溶媒まで鮮やかに色彩を変化させながら強く光る蛍光色素の開発
Chem ASAPで紹介されました。

光安定性に優れたピレン色素を用いた脂質ラフトの構造解析

Sci. Rep. 2016 [DOI: 10.1038/srep18870]

脂質ラフト(lipid raft)は、スフィンゴ脂質とコレステロールに富む細胞膜上のドメインである。この部分構造は膜タンパク質あるいは膜へと移行するタンパク質を集積し、膜を介したシグナル伝達、細菌やウイルスの感染、細胞接着などの現象に対して重要な役割を有するとされている。この局所構造の解析は難しいとされてきた。本研究では、我々の開発したピレン系色素が、従来使用されてきた色素に比べて極めて安定で、スフィンゴミエリンとコレステロールの分布をイメージングできることを示した。

凝集誘起発光の新型分子の発見

J. Mater. Chem. C 2015 [DOI: 10.1039/C5TC00946D]

近年、凝集誘起発光(AIE)の研究が盛んである。プロトタイプとして知られているのは、tetraphenylethylene (TPE)であり、単純な構造を有し、これを機能化した分子が多数開発されている。しかしTPE の固体発光量子収率はそれほど高くなく、高効率固体発光性を付与するにはさらなる修飾等が必要とされる。本研究では、新しいAIE分子として、ビス(ピペリジル)アントラセン (BPA) における2つのピペリジル基の位置がその固体発光特性にどのような影響を及ぼすのかを検討した。その結果9,10 および1,4 置換体のみが凝集誘起発光を示す事が明らかとなった。特に9,10-BPAは劇的な凝集誘起発光と高効率固体発光を併せ持つ。9,10-BPAは安価な9,10-dibromoanthracene から1ステップで簡便、高収率に合成可能であり、その構造もTPEに匹敵するシンプルさを有することから、多様な機能性色素にこの構造を組み込めると期待できる。またこれまでの凝集誘起発光/高効率固体発光を示す色素に必須であったアリール-アリール結合やアルケン構造を一切有しないことから、その発光メカニズムも特異的であると予想されるので、この検討も行った。
この分子の刺激応答材料への応用を行っている。
本研究は、同誌の年間最多アクセス論文の1つとなった。また、米国化学会のNoteworthy Chemistry, June 22 2015で紹介された。

Noteworthy Chemistry ACS

ねじれが誘起するユニークな電子状態:環境応答性蛍光色素の開発

J. Am. Chem. Soc. 2016 [DOI: 10.1021/jacs.6b03749]

色素周辺の粘度、凝集形成、高分子や生体分子との相互作用といった立体的環境の変化に応答して、その蛍光物性を大きく変化させる蛍光性分子ローターや凝集誘起発光色素 (AIEgen)は、(分子)生物学やソフトマター物理を始めとする様々な分野で、プローブとして用いられてきた。2つの色素系は、低振動数かつ大きな振幅を有する振動モードが関わる断熱・非断熱過程が、その光物理的性質を支配するように設計されているという点において共通している。前者では強力なドナーアクセプターを有する系を用いることで、そのねじれ振動が局在励起状態 (LE) とねじれた電荷移動状態 (TICT) 間の平衡過程を支配しており、ねじれ振動の抑制は輻射速度や無輻射速度の変化をもたらす。後者はスチルベン型の構造や多数のアリール-アリール結合が高速の無輻射遷移をもたらすよう設計されている。しかしながら、有機化合物の励起状態における断熱・非断熱過程は、フェムト秒からピコ秒スケールで終結して平衡状態に達する為、このような励起状態の動的な性質を実験的に明らかにすることは困難を伴う。また、無輻射遷移によって励起状態から基底状態に移行する間の遷移状態ともいえる「円錐交差」は、ポテンシャルの極小点に無いため、この構造を把握することは理論的にも困難であった。以上のような問題から、これら蛍光色素の多くが、既知の構造を改造することにより設計されており、新規な探索が少なく、特に、剛直なベンゼン、ナフタレン、アントラセンといった多環式芳香族の電子状態を制御して機能を付与するといった試みは行われてこなかった。このような環境応答性蛍光色素の開発は、応用的側面だけでなく、複数の一重項状態間の断熱・非断熱過程を制御するといった基礎的側面からも興味深い。

我々は近年開発された円錐交差探索手法を用い、多環式芳香族炭化水素の最小エネルギー円錐交差 (Minimum Energy Conical Intersection, MECI) 構造がデュワーベンゼン様のゆがんだ配座をとることを見出し、この橋頭位間の結合をアミノ基で安定化させることにより、凝集誘起発光や粘度応答性発光が多環式芳香族でも発現することを明らかとした。簡単に言い直せば、溶液中で発光しないのは、励起状態で発色団であるπ平面が2つに折れて(デュワーベンゼン様)、共役が切れて発光性を失うということであり、固体・凝集状態では励起状態でも平面性が維持されて、発光するということである。図に示すように、今回発見した分子の劇的な凝集誘起発光は、既存の色素群の中でもトップクラスの性能として位置づけられる。またその構造も、既存の凝集誘起発光色素のなかで最小(分子量で比較)であり、シンプルな構造と優れた物性を併せもつ極めて特異的な色素の開発に成功した。


非侵襲で生体の深部を診断する二光子励起イメージングの実用化に向けて

J. Mater. Chem. B 2015 [DOI: 10.1039/C4TB01404A]

次世代の分子イメージングである二光子励起蛍光顕微鏡は、生体中での透過性が高い光(生体光学窓:650~1100 nm)による色素の励起と発光を利用するため、生体組織の深部を観察する場合、最も優れた手法である。その実用化に重要なターゲットの1つに、最近開発された汎用レーザー光源(1050 nmのファイバーレーザー)の利用があげられる。しかし、ファイバーレーザーに適合し、生体の必要な部位を染色できる色素は、知られていなかった。本研究では、ピレン骨格を基盤とするA-π-A型発色団により、目標の実現が可能な色素の開発に成功した。色素PYのジメチルスルホキシド中で、一光子吸収及(510 nm)び蛍光スペクトル(650 nm)を示した。PYの蛍光量子収率は80 %であった。さらに、二光子吸収効率に相当に相当する二光子吸収断面積は、950 nm付近で1100 GM、1050 nm付近においても、380 GMという値であり、ファイバーレーザーで有効であることが確認できた。なお、本論文のプレスリリースの効果で、浜松ホトニクス社から開発中のファイバーレーザーおよび検出器を借りることができ、実際にファイバーレーザーを使ったイメージングにも成功している。
本論文は、J. Mater. Chem.のHot Paperおよび表表紙に採用され、2015年の同誌のMost Read Articleの1つになった。日経産業新聞、科学新聞、化学工業日報等で紹介された。

プレスリリース:二光子励起顕微鏡の病態診断応用に道 ―安価で操作性向上を実現する高性能色素の開発に成功―

生細胞中だけで発光するナノ微粒子による高解像度分子イメージング

Chem. Eur. J. 2014 [DOI: 10.1002/chem.201405040]

分子イメージングでは、細胞内で起きる現象の解明に、見たい部分だけを色づけして追跡する高精度な観察が必要とされている。本研究では「刺激応答型蛍光ナノ粒子」というコンセプトを提案した。それは、細胞に取り込まれる前には発光せず、細胞内の環境中で分解して発光するという発光のon・off機能(刺激応答性)を有するナノ粒子である。この方法を使うと、観察対象の細胞だけを選択的にイメージング(染色)することができる。刺激に応答して発光する材料の設計では、ある蛍光色素が一分子で独立していると発光し、凝集すると消光するという性質を利用した。蛍光色素を疎水部に導入した界面活性剤を水中に入れると、ミセルを形成し、内部で色素が凝集して発光しない。このミセルを細胞内で分解して色素の凝集を解くと、強発光性を示す。また、この蛍光ナノ粒子を、薬を患部まで運んでから放出するドラッグデリバリーシステムに応用すれば、薬が患部に到達していることの確認と薬の放出する様子をリアルタイムで観察することが可能になる。


プレスリリース:生細胞中だけで発光する刺激応答型蛍光ナノ粒子を開発 ―蛍光造影による診断精度の向上や薬の放出を確認可能なDDS実現へ―
ワイリーサイエンスカフェで紹介されました

色素の高密度集積による量子収率の増大

Chem. Commun. 2013 [DOI:10.1039/C3CC41312H]

蛍光色素は、一般的に固体状態や溶液中で高濃度になるとエネルギーや電子移動による消光が起こり低発光性となる。本研究では、この問題の1つの解決策として、発色団を発色団どうしが相互作用しにくい位置に固定した形で集積することにより、高濃度でも強発光性を実現するシステムを構築することが目的である。発色団を固定する足場として、4方向に高い異方性を示すテトラフェニルエタン骨格を用いた。フェノール樹脂のオリゴマーである!実際にピレンを導入した色素を合成し光物理的性質を検討したところ、モノマーであるフェニルピレンの4倍の吸光係数を示し、量子収率は、溶媒によるが最大で1.45倍となった。量子収率の増大については、本来、失活していたエキシトンが近隣の発色団に移動・捕捉されるというモデルを提唱している。

超共役が蛍光に及ぼす効果を検証

J. Org. Chem. 2013 [DOI: 10.1021/jo400128c]

ピレンの1,3,6,8位にアルキル基を順番に導入すると、アルキル基の置換数が増えるにしたがって吸収および蛍光がレッドシフトする。さらに、蛍光量子収率が大幅に増大する。この現象について絶対量子収率、蛍光寿命、電気化学測定、量子化学計算から考察を加えている。超共役レベルのアルキル基と比較的大きなπ電子系の相互作用が、量子収率に大きな影響を与えることを訴えている。

高分子液晶フィルム:高複屈折性液晶の開発

J. Mater. Chem. 2012 [DOI: 10.1039/c2jm16002a]

複屈折 (Δn) は分子の長軸および短軸方向に由来する異常光屈折率 (ne) と常光屈折率 (no) の差 (ne > no) を表し、液晶性化合物の示す特徴的な物性の一つである。さて、液晶ディスプレイ(LCD)に用いられているネマチック液晶の高複屈折化は、その性能向上に大きく寄与する。またネマチック相にキラリティを導入したコレステリック相のΔnを大きくすると、可視光全域の反射が可能なプラチナコガネムシのようなメタリックフィルムの開発が可能となる。これをλ / 4板と組み合わせることで、バックライトなしの反射型偏光フィルムへの応用が期待される。このような技術は、様々なテクノロジーが利用されているが、単純な液晶高分子だけで実現できないかというのが本プロジェクトの主題である。本論文は、その第1報である。ジフェニルジアセチレン誘導体は、高複屈折性液晶として期待される材料である。しかし、これまでの高複屈折性液晶の評価は、シアノビフェニルなどの液晶に少量溶かして外挿値から算出していたが、実在系にそぐわない。今回、新たな顕微分光法システムを開発し、直接的に複屈折を測定する方法を開発した。これにより、高複屈折性液晶分子の構造と物性の相関について系統的な研究が可能となった。

高分子鎖による色素の発光性制御

Macromolecules 2012 [DOI: 10.1021/ma3001252]

ポリ(2-メチル-2-オキサゾリン) (POZO)は、両親媒性高分子であり、各種汎用高分子との相溶性や生体適合性を有しており、工業的にも使用されている。本研究では、POZOを部分加水分解したアミン部位にピレンカルボン酸を導入したアミドを合成し、その光物理的性質を検討した。(なお、当研究室ではピレンカルボキシアミドの発光メカニズムの詳細な研究を行っている。TL 2011およびJOC 2011)
ピレンカルボキシアミドを側鎖に有するポリオキサゾリンは、フィルム状態や高粘度溶液中で蛍光量子収率の向上が見られることから、蛍光の失活過程は、内部変換が大きく寄与していることがわかった。その他、エキシマ―の形成能などについても評価し、高分子鎖が色素の発光性に与える影響についてまとめている。

カナブンに学ぶ液晶レーザーの開発

Adv. Mater. 2010 [DOI: 10.1002/adma.201001046]

カナブンの美しい発色は、甲羅を構成しているのはコレステリック液晶(キラルらせんポリマー)の選択反射によるものである。この液晶相を、分布帰還型レーザー(DFBレーザー)のキャビティとして用いるのが有機液晶レーザーである。約30年前にその原理が提案されてから物理分野を中心に研究が進められてきたが、他のシステムに比べてレーザー発振閾値が高いための開発が遅れている。本研究は、新しい色素開発によりこの問題に挑んだ。そこで、高吸光度・高量子収率の共役拡張型のピレンおよびアントラセン誘導体を系統的に合成し、液晶レーザーの発振を行ったところ、ピレンにターフェニルを導入した色素が22 nJ/pulseと、従来知られている閾値の20分の1で発振させることに成功した。本研究では、液晶相と色素の配列と発振閾値の関係や、閾値の低下に関係する因子の特定などについても考察している。

文部科学省・JSTプレスリリース:液晶レーザーの低エネルギー発振に成功

フェノールオリゴマーを出発物質とする高性能アクリル樹脂の開発

Polym. Chem. 2013 [DOI:10.1039/C3PY00377A]

高屈折率・低複屈折の透明樹脂は、軽量なレンズとして重要である。本研究では、フェノール樹脂のオリゴマーであり、4方向に高い異方性を示すテトラフェニルエタン骨格を側鎖に導入したアクリル樹脂を合成した。高いガラス転移点、ほぼゼロの複屈折など、優れた性質を示した。